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ホームライブラリ危機管理・損害賠償>法的責任と道義的責任

法的責任と道義的責任

民事上の争いにおいて、よく「法的責任」や「道義的責任」という言葉を耳にしますが、この両者の線引きは実は簡単ではありません。やや乱暴な分け方をすれば、裁判や調停で明確にしていく責任が「法的責任」。社会通念上、人として果たさなければならないと考えられている責任が「道義的責任」、といえるでしょう。

もちろん、人間の道義的価値観の上に成り立っているのが法律ですから、法的責任はかなり限定的な責任であると考えてもよさそうです。実は、ここが最大のポイントで、賠償責任を問う上で具体的に検討しなければならないのは、「法的責任」と「道義的責任」の境界ではなく、義務や権利に見合った「責任の範囲」だということです。

実際に交通事故損害賠償の交渉実務では保険会社が「法的責任」や「道義的責任」という言葉を好んで使う傾向がありますが、これはまさに責任の範囲を明確にすることが最大の狙いで、専ら道義的責任による問題は一切関与しないことの意思表示でもあります。

ところが、冒頭でも触れたように、仮に裁判や調停に頼るものが法的責任だとすれば、初めから裁判外で行われる示談交渉の実務では、道義的責任と法的責任の線引きは事実上“困難”だということになります。

このような不都合を解消するために、実務上は「判例」という過去の決着例を参考にしながら法的責任を類推していく方法が取られたり、過失相殺認定基準という目安に従って過失責任を加減していくのですが、そもそも法的責任は道義的責任に比べて非常に限定的な責任なので、感情的にもなかなか折り合いが付かないというのが現実ではないでしょうか。

また、一言で「道義的責任」といっても、その程度や範囲の考え方には個人差があります。これでは責任の範囲が際限なく広がってしまい、かえって「損害の公平な負担の原則」から限りなく離れてしまうことになりかねないので、やはり万人が同じ条件の下で責任の範囲を議論する必要が出てきます。

つまり、「法的責任」と「道義的責任」という言葉は排他的な関係を表しているのではなく、義務や権利に見合った(法律に基づく)責任を合理的に導くための概念だといえるでしょう。

交通事故を起こしたドライバーの責任

自動車の運行によって人を死傷させると、運転者には法的責任と道義的責任が同時に発生します。法的責任は更に3つに分けることができますので、最大でなんと4つの責任を果たさなければならなくなることがあります。

損害賠償の問題は民事の分野になりますので、普通は法的責任といえば民事上の責任を意味します。大まかに法的責任と道義的責任といえば、民事(民法)上の賠償責任と社会通念上行わなければならない謝罪だと理解できるでしょう。

当然ながら、この両者の一方のみ責任を果たしたとしても円満な解決は望めないのですから、特に自分が加害者の立場であったなら、この責任をしっかりと認識して最善を尽くさなければなりません。

道義的責任 人間社会の常識や道徳に基づく責任
法的責任 刑事上の責任 刑法に基づいて処罰を受ける責任
企業=罰金、科料
個人=懲役、禁固、罰金、科料
行政上の責任 交通行政に基づいて処分を受ける責任
企業=車両使用制限、運送事業免許(許可)取消、営業停止、安全運転管理者の解任命令
個人=免許停止、免許取消、反則金
民事上の責任 損害を賠償(金銭で補償)する責任

よく、過失割合や損害額を巡る争いの場面で「誠意」という言葉を連発する人がいますが、誠意とは極論してしまえば倫理観や道徳観に基づく振る舞いに過ぎません。示談交渉の段階になっても尚しつこく「誠意」を連発するようでは、一向に解決の目処は立たなくなります。

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