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被害者側の過失責任

被害者側の過失とは、積極的な違法行為のように厳格な意味での注意義務違反だけをいうのではありません。結果が生じることを当然知るべきでありながら不注意でやってしまったなど、非常に広範で程度の低い不注意までを指していいます。

一般的には事理弁識能力(物事の善悪や道理を理解できる程度の能力)があれば、過失に対する責任を問うことができるといわれています。概ね6歳程度から事理弁識能力が備わるといわれていますので、子供が被害者となった場合でも過失を求められることになります。

コラム
 子供が事故そのものを認識したり危険を回避しようとする能力、いわば事故認識能力とは本来、事理弁識能力とは根本的に性質が異なるはずです。
 ところが、子供の事理弁識能力に基づく過失責任の考え方は、日本の司法界では実務において通説となっており、大人と同程度の基準で過失相殺されるという流れが定着しています。
 過去にも、8歳の交通事故被害男児が事理弁識能力に基づく過失責任を理由に過失相殺された判例がありますが、もともと被害者の権利よりも加害者の義務違反を中心に裁く司法体質があるため、このような結果になっているのだろうと考えられます。
 一方で、1997年にソフト面(交通教育)からハード面(交通環境整備)へ交通政策をシフトしたスウェーデンでは、すでに子供の交通死亡事故の抑制に著しい成果が表れていると言われます。
 もはや子供の安全に対する考え方は「交通環境に合わせた教育」ではなく、「事故に遭わずに済む交通環境整備」が必要であることを、スウェーデンは国を挙げて証明したといってもいいでしょう。
 日本の司法界も、他国の取り組みや実績に目を向け、事理弁識能力だけでは測り切れない問題があることをもっとよく理解するべきではないでしょうか。

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